「ハンディは、エネルギー」と生きてきた!

11日、その日、秋のイベントの打ち合わせに東京に出かけていました。長崎での幼馴染、3人のおばさんたちは、久し振りに某カフェで会って雑談か打ち合わせか分らないおしゃべりに夢中でした。

と、突然ぐらぐらと店が揺れ始め、5,6本天井から下がっている80センチもあるかという細長のランプがお互いにぶっつかりあって音を立てる。すぐに揺れが止まるかと思いきや、なが〜い!!

おばさん3人は、思わずテーブルをくっつけて、下へ潜り込んだ。やっと揺れがおさまった時、店内を見るとテーブルの下に潜ったのは、私たちだけ。

他のお客さんは座ったままテーブルにしがみついていた。大袈裟だったかな?と思ったが、3人とも幼い時、長崎の原爆や大陸での戦争体験があり厳しい人生を歩いてきた。ので、
恐怖の時のとっさの動作は、DNAに組み込まれているのかな?(笑わないで!)

東京での関東大震災かと思ったら東北だった。我が家も屋根瓦が吹き飛んでいた。がこのくらい大したことではない。
後日、あの光景は原爆のあとの長崎と重なって涙が止まらなかったというメールもあった。

直撃を受けたみなさん、ほんとに大変だと思います。これからも困難な人生が待っていると経験から言えますが、「ハンディはエネルギー」ということもあることをお伝えしたいと思います。