婚外子裁判の裏にあるもの

最高裁判所が、婚外子日本国籍を認める判決を下した。友人が東京の公立小学校で、父親が日本人、母親がフイッリピン人という子どもたちのを面倒をみている。この子どもたちの母親は、いわゆる現地妻と呼ばれる人たちである。日本人男性が経済活動でフイリッピンに赴任した折、日本に妻がありながら、現地の女性と仲良くなって子どもまでできてしまうというケースが一般的である。「昔軍事力、今経済力、−昔兵士、今企業戦士」といわれ、日本が他のアジアを侵略?していることを表すのによく言われることだ。

何年かの熱い国での滞在に、やさしく美しい女性の存在は、過酷な競争に打ち勝つ経済活動をする日本男性にとって、心癒されるものに違いない。さて、日本へ帰るときが来て、現地の女性に手切れ金を渡して、何事もなかったように、日本の家族のもとに帰る。ところが、数年して、フイリッピンの母子が追いかけるように日本に来たというケースが多いという。

子どもたちは、何の屈託もなく中3の初めくらいまでは、真面目に一生懸命勉強に励むが、国籍がない、戸籍がないことによって進学の道が閉ざされ絶望し、夜の街へ消えていくことになるという。

今度の裁判がきっかけで、根本的な問題を日本人は考えるべきではないかと思っている。