長野の三美術館

もう月が変わってしまった!
 先月、長野の原田泰治美術館と無言館、小山敬三美術館に行ってきました。三館ともそれぞれ特徴があって、いい時間が過ごせました。ヨーロッパでベルギー、オランダ、スペイン、フランスなどずいぶん美術館巡りをして、いい絵を観過ぎてこのところ美術館には足が遠くなっていました。(嫌みに響くかと思いますが、ほんとに、、、)
無言館には、画家志望の若者たちが、戦争のため道半ばにして戦場に駆り出された時、残していった作品に、一つずつコメントがついて展示されていました。恋人の肖像がを描いていた青年は、「きっと、戦場から帰ってきて、この絵を仕上げるから」と出て行き、仲のいい兄弟は二人とも召集され、お互いに手紙で励ましあって、絵が描ける時が来ることを願っていたのに、二人とも犠牲になってしまった、、、などなど。それぞれの絵画が、「僕たちは、まだ生きて思う存分絵が描きたかった」と訴えていました。
 原田美術館は、諏訪湖の畔にあり大きな窓からは、それこそ絵画のような湖畔の風景が広がっていました。
この方には、一度長崎ピースミュージアムの開館式でお会いしたことがありますが、大きな体で優しい目をして、バンダナが似合う人でした。
この美術館のコンセプトは「ふるさとに出会える美術館」です。懐かしく温かな気持ちになりました。館内には、さだまさし氏の歌が流れて、これも雰囲気を盛り上げていました。原田氏は、父上に「下手でもいいから、100枚一生懸命描いてみなさい」と言われたと、長崎で話しておられたことが印象に残っています。細やかなタッチは、身障者であったがゆえに、一人で自然を友に過ごしたお陰だとも。人生一見、負の立場にあっても、素晴らしいことにつながるだと思い、勇気をもらいました。
最後の小山敬三美術館は、小諸城址の「懐古園」の中にあります。あの島崎藤村の勧めで、フランスに1920年に留学したそうです。この方は、絵画の世界では文化勲章まで受けられた方ですが、私は知りませんでした。梅原竜三郎の絵を思い出しました。
藤村の「千曲川旅情の歌」で有名な千曲川は、初秋の夕日に川面がきらきらと輝いていました。久しぶりの命の洗濯でした。